~ストレス過多時代を生きぬくストレス対策通信③~                                   人生につまずいたとき、出会った小説に救われることもある。ストレスに未然に備え、うまく付き合うプロフェッショナル 作家 古内一絵さんが語るストレスへの備え方

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ストレスは避けられないものだからこそ、うまく付き合っていく必要がある。
「ストレスに未然に備える」をテーマに、皆さまの毎日に役立つ情報をお届けするGlico「ストレス過多時代を生きぬくストレス対策通信」。

第3弾のゲストは、作家の古内一絵さん。代表作に、女性騎手が主人公でドラマ化もされた「風の向こうへ駆け抜けろ」、悩める人が集う夜食カフェを舞台にした「マカン・マラン」シリーズ、映画会社を舞台にした「キネマトグラフィカ」などがあります。

さまざまな題材で書き続けている古内さんですが「小説や映画のような、物語のあるものは、今うまくいっていない人のためにあるものではないか」と公言しているように、作品には社会の中で生きづらさを抱えている人たちが数多く登場します。そんな古内さんに、自身のストレスのことや、作品の中で人々が抱えるストレスをどのように描いているかなどについて伺いました。また、生きづらさを抱える人たちやマイノリティを描き続けるのはなぜなのか。小説に込めた想いについても語っていただきました。

会社員時代、やりがいはあっても体は悲鳴をあげていた

── 古内さんが20年勤めた映画会社を辞めて、作家になろうと決意したのが43歳のとき。会社員時代と小説家になってからと、感じるストレスに違いはありますか?

私は映画会社で宣伝の仕事をずっとやってきたのですが、会社員時代の方がストレスは大きかったように思います。組織の中で働く以上、納得できなくてもやらなくてはいけない仕事ってありますよね。一方、子どもの頃から本が好きで、いつかは作家になりたいと思っていました。今は書きたいことを書かせていただいているので、プレッシャーは大きくても、ストレスを感じることはあまりないですね。

作家 古内一絵さん

── 会社員時代に感じていたのはどのようなストレスでしたか? ストレスのサインのようなものはあったのでしょうか。

当時の映画会社は非常に忙しく、会社を出るのが毎日22時という生活でした。ミニシアターブームが起きていた90年代は、劇場に監督や著名人などを呼んで上映前にお客さんの前でトークしてもらうといった面白い宣伝の企画を自由にやれた時代で、観客の反応がその場で伝わってきますし、間違いなくターゲットに届いたという実感もあって、忙しくてもやりがいがあり、楽しかったんです。

それが2000年以降になると、宣伝が形式化していくんですね。時代の変化というものもあったんだと思いますが、作品のジャンルに関わらずワイドショー向けに記者会見を開くといった宣伝が主流となり、会社からもそれを求められました。決してそれが悪いことではないのですが、自分の中で本当にこれが効果的な宣伝なのだろうか。届けたい人に届いているのかーー。大好きな映画の仕事で、自分自身は納得がいっていないのにやり続けなくてはいけない。それがとても苦しくて、気持ちが不安定になったこともありました。

── 「キネマトグラフィカ」は、老舗映画会社で働く人たちが奔走する姿が描かれ、誰もが仕事との向き合い方について考えさせられる小説ですね。自分がやりたいことはなんなのか、ここにいていいのかと。

まさに、映画会社時代の体験を随所に盛り込んで書いた作品です。90年代は「24時間戦えますか」の時代でした。当時の私は、作品買いつけの仕事もしていて、カンヌ映画祭に出向くと2週間で毎日朝から晩まで作品を観続けるので、睡眠時間は大幅に削られます。また東京国際映画祭など大きなイベントがあるときにも眠れない日々が続きました。自分をケアする余裕は全くなく、休日には死んだように眠るという生活。忙しさとストレスで顔には吹き出物、体にはじんましんが出たり消えたり。でも「じんましんが出ていようが働く」という時代だったんです。あの頃は若くて体力もありましたし、仲間がいたから乗り切れたんだと思います。

── 一方、代表作の「マカン・マラン」シリーズは夜カフェが舞台です。仕事や私生活で傷つき、心が弱った人たちが次々と迷い込んできて…という物語。ドラァグクイーンの店主が作る料理で人々が癒やされ勇気づけられるシーンが印象的です。

この物語は会社員時代の自分に向けて書いたシリーズでもあり、同時に働く女性やさまざまな葛藤を抱えて生きる人たちを『がんばれ』と励ましたくて書いた物語でもあります。残業続きの毎日で帰って自炊をする気力もなく、かといってこの時間に営業しているお店は居酒屋かラーメン店ばかり。深夜に食べても胃にもたれない、温かな野菜スープやおいしいご飯を出してくれるお店があったらどんなにいいだろうと本気で思っていましたから。主人公の店主はトランスジェンダーでドラァグクイーンの「シャール」。マイノリティだからこそ、傷ついた人の気持ちが分かるし構わないで放っておいてくれたりもするんですね。

実はこのシリーズ、最初から売れていたわけではなく、書店員さんや読者の口コミから広がっていった作品なんです。全巻で重版がかかり、海外では台湾で3刷までいっています。この世の中には、私と同じぐらいストレスを抱えている人が本当に多いのだなあと感じます。読んだ方のストレスが少しでも軽くなったらうれしいですね。

「よかったよ」と言ってもらうまで執筆は不安との戦い

── 作家になってからはいかがでしょうか。仕事やストレスとの向き合い方は変わりましたか。

ストレスというよりも、1つの作品を書き上げるまでのプレッシャーはすごいです。作品を完成させないと収入も入ってきませんし(笑)。でも、作家の仕事を嫌だと思ったことはないんです。

小説を書き上げるのに、私は最後まで気を抜けません。書き初めは本当に私に書けるのだろうかという不安との戦いですし、途中、筆が止まってしまうときもあれば、丁寧に取材を続けやっと見えてくることもあります。ラストシーンもどうしたらカタルシスのあるものにできるかと悩みに悩み抜きます。「これが自分のやれる精一杯だ」「できることは全てやった」というところまで自分を追い詰めて、「やっと終われる」という作業の繰り返しです。最初の読者は、担当編集さんなのですが「よかったよ」と言われてはじめて安心できますね。

作家 古内一絵さん

── 仕事って評価も含めて一つの作品なのかもしれませんね。

そうですね。「よかったよ」と評価してもらってやっと最後のパズルがハマるという感じです。来年、かなりの大作を書き下ろしで出版することになったのですが、これがまたとても大変な作業でした。「百年の子」という学年誌の100年を追った小説です。この100年が子どもにとってどんな時代だったか。小説を書くにあたり半年近く取材を重ねました。学年誌の黄金期に関わった方々にお話を伺ったんですが、あまりにも題材や一つひとつのエピソードが面白すぎて、ただの伝記ではなく、どうやって物語にするか本当に悩みました。あまりに考えすぎて鼻血が出てくるほどでした。

── それは大変でしたね。仕事にやりがいを求め懸命に努力する中で、楽しいこともあれば、ストレスで体の変調をきたすこともある。ストレスは避けられないものですが、誰と働くか、何を目標にして働くかで大きく変わってくるのかもしれません。

会社員時代は同僚や先輩や後輩の存在に助けられましたし、小説家になってからは編集さんの力が非常に大きくいつも助けられています。もちろん書いているときは孤独なんですが。自分一人でできることなどなくて、たくさんの方の協力があって書くことができています。
私は作家としてのデビューは45歳と遅かったのですが、さまざまな経験をしたからこそ、いま小説が書けているのだと思うのです。無茶もしましたが、20年間の会社員生活は間違いなく下支えになっています。会社員時代の同期や同僚とは今でも交流があり、心許せる仲間ですね。

四季折々自然の表情に触れるジョギングや入浴時間が癒やし

──現在、なにかストレスを未然に防ぐとか、ストレス解消のために取り入れていることがあればお聞かせください。

週1回のジョギングをするようになってとても体調がいいです。会社を辞めたときにパートナーが「一緒に走らない?」と誘ってくれてはじめたんです。皇居や代々木公園といったところを5kmぐらい、四季の移り変わりを感じながら走るのは気持ちがいいですし、リフレッシュできますね。途中から散歩になり、木々や花など街の景色を眺めながら過ごす時間というのは、会社員時代にはないものでした。今はもう、じんましんも出なくなりました。

ジョギングって途中苦しくなったり、ふと楽になったりしながら走りますよね。そして、走りきった後は爽快な気分です。小説を書いているときの脳波に近いなあと思うんです。

作家 古内一絵さん

それから、執筆中にはチョコレートをよく食べます。糖分があるものは気持ちを和らげる効果もあると思いますし、頭がスッキリするんです。お腹が空いたけど食べると眠くなりそうだというときには、アーモンドミルクを飲んでいます。香ばしくておいしく、何かホッとするんですよね。

もう1つストレスへの対処でおすすめなのは、オリジナルの入浴法です。疲れがてきめんに抜けていく方法を編み出したんですよ。

── それは気になります。ぜひ教えてください。

お湯の温度は、夏は39度、冬は40度くらいに設定して15分間全身浴をします。ポイントは必ず香りのある入浴剤を使うこと。電気を落として真っ暗な中で入浴することです。入浴剤はミントやゆずなど、自分の好きな香りのもので構いません。

キャンドルを灯したり半身浴をしたり、いろいろと試しましたが私には〝真っ暗〟が一番効きました。ただただ無になって浸かるだけですが、途中から鼻がスーッと通って、お風呂から上がると疲れがすっきりと抜けるんです。今は四六時中スマホから情報が入ってくる時代ですから、瞑想は難しくても、そういうものを全部手放して無になる時間は大事だと思います。

読んだ人が希望を見出せるような作品を書いていきたい

── 古内さんは、あるインタビューの中で「行き詰まっている時、なにをやってもうまくいかない時とか、居場所がないと思っている人に読んでもらえるような小説を書いていきたい」と語っていらっしゃいます。社会のマイノリティだったり、弱い立場の側にいる人に寄り添い、あたたかい眼差しを向ける作品が多いですよね。

私が小説を書く際に裏テーマとしているのは、常にジェンダーとマイノリティについてなんです。私自身が、男女雇用機会均等法が施行されてから社会人になった世代の第1期生。映画業界で女性の営業というのは初めてのことで、とても珍しがられました。よい面もありましたが「女のくせに」と言われることもありました。

作家 古内一絵さん

女性が働くことの難しさや悔しさを最も表現しているのが「風の向こうに駆け抜けろ」という小説です。主人公は、地方の弱小厩舎に配属された新人の女性騎手。理解のない人たちからセクハラや嫌がらせにあいながらも、ひたむきに馬と向き合い勝利に向かって突き進む。頑張る彼女の姿を見るうち、人生を諦めかけていた弱小厩舎の調教師や厩務員たちが「あいつは女だけれど自分たちの若いときと一緒だ」と気づく物語です。厩舎をやめてしまおうと思っていた男が誇りを取り戻し、もう一度チャレンジしようと気持ちを奮い立たせるんですね。

男性のジョッキーが数百名いたら女性ジョッキーはわずか十名足らずという状況は今も変わっていません。ちょっと注目されると「女は楽だな」と言われてしまう世界。そういうマイノリティのつらさを、世の女性は多かれ少なかれ自身も経験していると思うんです。差別やマイノリティが抱える生きづらさやストレスというものをどう乗り越えていくかというテーマは、これからもずっと書き続けていくんだろうと思います。

今回、新作の「百年の子」を執筆するにあたり、「人類の歴史は100万年、だが子どもの人権が認められた歴史はたった100年しかない」という文献を読んだんです。女性もまた同じです。女性の参政権が認められたのは戦後の1945年。まだ最近のことと考えると、差別やストレスなどの問題があって当然なのかもしれません。でも絶望することはない。スタートしたばかりなのだから歴史を作っていけばいい。読んだ人に何かを考えてもらえるような小説を書いていきたいですね。この世の中に一人しかいない自分を大切にしなきゃいけない、と伝えていきたいです。

── 最後に、心を健康に保つことやストレスに未然に備えるということについて、改めて読者の方へメッセージをお願いします。

若い頃の私は、体力があるのをいいことにハードに働き続けていたわけですが、体は悲鳴をあげていたんですよね。今も仕事の重圧は大きいですが、健康に過ごせているのは、入浴やジョギングといった余暇時間を取り入れて心と体を手当てしているから。ストレスでいっぱいにならないように、未然に対処できているからなんだと思います。とは言え、ストレスがまったくなくなることはないと思います。

仕事や悩みごとからいったん離れるために誰にでもできる方法としては、読書もお勧めです。小説は違う世界に連れて行ってくれますし、その世界に没頭できる最も手軽なもの。気持ちの切り替えにぴったりなんですね。私の場合、楽しすぎてついつい時間が伸びてしまって、仕事が遅れてしまうこともあるんですが。リフレッシュ効果は抜群です。何を読んでいいか分からない場合には、本屋さんで書店員さんが勧める小説から手にとってみるのもいいと思います。

コロナ禍になり、私はよくベランダで本を読むようになりました。椅子を置いてコーヒーを用意して、ちょっとテント風に布で囲った空間で、仕事とは関係のない小説を手に取ります。そして30分ぐらい読書するのがとてもいい息抜きになっています。

作家 古内一絵さん

古内一絵さん
1966年東京生まれ。日本大学芸術学部卒業。「銀色のマーメイド」で第五回ポプラ社小説大賞特別賞を受賞し、2011年にデビュー。そのほかの作品に、『赤道 星降る夜』(小学館文庫)、『マカン・マラン―二十三時の夜食カフェ』(中央公論新社)、「花舞う里」(小学館文庫)、「フラダン」(小学館文庫)などがある。『フラダン』は、第63回青少年読書感想文コンクールの課題図書(高等学校の部)に選出。2017年『フラダン』で第六回JBBY賞受賞。『マカン・マラン』シリーズは台湾でもヒットとなった代表作。2023年に『百年の子』(小学館)を上梓予定。

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