植物性ミルクの世界的ヒットの秘密に迫る! アーモンドミルクがブレイクした背景と今後の可能性を専門家が分析

メインビジュアル 武田様、西沢様2人お写真

(プロフィール)
右:株式会社グローバルニュートリショングループ 代表 武田 猛氏
1963年大阪生まれ。一貫して健康食品業界でビジネスに携わる。食品会社、化粧品会社、製薬会社の健康食品部門に対して、商品開発、マーケティング、海外進出などのコンサルティングを行い、国内外合わせて500以上のプロジェクトを実施。欧米トレンドを取り入れたコンセプトメイキングに定評がある。世界各地にネットワークを築き、情報活用サービス「グローバルニュートリション研究会」を立ち上げた。

左:日経BP 総合研究所 客員研究員 西沢 邦浩氏
早稲田大学卒。小学館を経て、1991年日経BP入社。『日経ヘルス』、『日経ヘルス プルミエ』の編集長を務める。2014年より日経BP総研 マーケティング戦略研究所上席研究員、16年より同主席研究員。18年に早期退社し、現職。同志社大学生命医科学部委嘱講師、日本腎臓財団評議員、ウェルネスフード推進協会評議員、順天堂大学医学部協力研究員、ラジオNIKKEI「大人のラヂオ」パーソナリティなどを務める。

世界的に植物性ミルク(プラントベース・ミルク)への注目が高まり、その市場は拡大の一途をたどっています。ずっと豆乳の独壇場だったアメリカでは、2013年にアーモンドミルクがシェア1位に。さらに、オーツミルク、ライスミルクなども追随し、植物性ミルク市場はかつてない盛り上がりを見せています。その背景には何があるのか。日本市場への影響は、そして今後の展開は? 世界の食品事情に精通する武田猛氏に、日経BP 総合研究所の西沢邦浩氏が聞きました。

ブレイクの理由は「おいしい、手軽、健康」

西沢:まず、世界の植物性ミルク市場についてお聞きします。アメリカではアーモンドミルクがその牽引役と聞いていますが、実際はいかがですか?

武田:アメリカでアーモンドミルクが初めて発売されたのは2007年頃ですが、瞬く間に市場を席巻し、2013年にはついに豆乳を抜いて植物性ミルク市場の首位を獲得しました。また最近はオーツミルクも台頭してきています。オーツミルクはもともとヨーロッパで人気があり、アメリカにもそのブームが波及したという形です。ライスミルクは以前からありますが、味が好まれないのかあまり目立ちません。他にもカシューナッツミルク、ピスタチオミルクなども登場しています。

米国における植物性ミルクの売上推移 説明画像

アメリカの液状乳市場において、植物性ミルクは約14%のシェアを占めている。その中でアーモンドミルクはシェア65%。オーツミルクも豆乳を抜き、植物性ミルク同士で活発なシェア争いが行われている。

西沢:植物性ミルクには、日本でもおなじみの豆乳の他に、アーモンドなどのナッツ系と、オーツやライスなどの穀物系のミルクがあるのですね。その中でなぜアーモンドミルクへの支持がこれほど高いのでしょうか。

武田:理由の一つは、豆乳ユーザーがアーモンドミルクにスイッチしたということでしょう。日本では健康飲料として広く支持されている豆乳ですが、実はアメリカ人の味覚に合わない傾向があるようなのです。それでも牛乳を飲めない人が代替食品として利用していましたが、アーモンドミルクが登場すると、そのおいしさが高く評価され、あっという間に豆乳を抜き去りました。
西沢:日本でもテレビ番組で紹介されたのをきっかけに、アーモンドミルクが大きく注目を集めましたね。それだけ訴求力がある素材だとも考えられそうです。それにしても、アメリカでの植物性ミルクの伸びはすごい。健康面でも高く評価されているようですね。

武田:そもそもアメリカではナッツ類や雑穀類はヘルシーというイメージが浸透しています。それに加えて、ナッツには「心疾患リスクを軽減する可能性がある」というヘルスクレームが認められているんです。

西沢:アメリカには「ヘルスクレーム(健康強調表示)制度」があって、きちんとした科学的な情報に基づいていれば、食品パッケージなどに食品あるいはその成分が疾病リスクを低減させると表示できるんですよね。

武田:そうなんです。ナッツと心疾患に関しては「科学的証拠は、低飽和脂肪および低コレステロールの食習慣の一部として、1日につき1.5オンス程度のナッツを食べることは心疾患リスクを軽減することを示唆している」という表示が許可されている。つまり、ナッツは健康にいいと国がお墨付きを与えているんです。

西沢:アメリカでは、健康的な間食をとることで食べ過ぎを防ぎ、太りにくい体づくりをするという食習慣が広く知られていますね。例えば、ナッツやドライフルーツ、グラノーラなどを混ぜた「トレイルミックス」はおやつの定番ですし、スーパーなどではナッツやドライフルーツの量り売りコーナーを見かけます。

武田:ナッツは健康的な間食の代表なのです。しかしその一方で、ナッツを毎日何十粒も食べるのは大変ですよね。また、牛乳と比較すると、ナッツに含まれる脂肪酸は良質なうえ、ナッツベースのミルクのほうが脂質含有量も低いという点も挙げられます。そこで選ばれたのがアーモンドミルクといえるでしょう。アーモンドというヘルシーな食材が、ミルク状になって手軽にとれる。しかもおいしい。これらがアーモンドミルクの成功要因だと思います。

西沢:アジアの市場ではいかがでしょうか。

武田:やっぱり豆乳が根強いですね。ただ、豆乳とともにアーモンドミルクの消費も伸びています。欧米のように豆乳のシェアをアーモンドミルクが奪うのではなく、植物性ミルク市場自体が大きくなっているのです。

ユーザーは米国民の半数を占めるフレキシタリアン

西沢:植物性ミルクを利用しているのは、どんな人たちですか? 例えば、欧米では植物由来食品をメインに、肉や魚もほどほどに食べる柔軟なベジタリアン、いわゆる「フレキシタリアン」と呼ばれる人たちがいるそうですが。

武田:一般的に、ベジタリアンは肉や魚を食べない人のことです。それよりも厳格な食スタイルを貫くビーガンとは、肉や魚に加えて卵や乳製品、はちみつなどの動物性食品をとらない人とされています。

アメリカ人のうち、ビーガンは1〜2%程度、ベジタリアンは5%程度といわれていますから、その少数派が植物性ミルク市場をリードしているとは考えにくい。一方で、フレキシタリアンは47%と約半数を占めていますから、植物由来食品をもっととりたいという彼らが主な牽引役であることは確かです。

6か月間に消費した乳製品または植物性ミルク 説明画像

6カ月間の乳製品または植物性ミルクの消費について調べたグラフ。青色が「常に乳製品を選んだ」、オレンジ色が「ときどき乳製品、ときどき植物性ミルクを選んだ」、黄緑色が「常に植物性ミルクを選んだ」。植物性ミルクを「いつも」選ぶ人(黄緑色)は、チーズ、バター、アイスクリーム、ヨーグルトなどどの食品でも4〜8%だが、「ときどき」(オレンジ色)を合わせると3割程度になる。

西沢:日本人の食生活を見ると、つい50年ほど前まで植物性食品の摂取比率が高かったわけで、フレキシタリアン的な食生活には違和感がない国民性があるのではないかと思います。ですから日本市場でも植物性ミルクのシェアがもっと伸びるかもしれませんね。ところで、アメリカではアーモンドミルクをどのように利用されているんですか?

武田:アメリカで最も一般的なのは、朝食の時にシリアルにかけるという食べ方。コーヒーに入れて飲むこともあります。

西沢:コーヒーの焙煎香とナッツの香ばしさやコク、合うはずですね。では、植物性ミルクを使った加工品、例えばヨーグルトやアイスクリームなどは出てきていますか?
武田:もちろんありますが、まだ主流ではありません。しかし今後、ブレイクする可能性は大いにあります。例えば、乳製品にはないおいしさや健康機能がある製品とか、食べても罪悪感のないデザートとか。「代替品」ではなく、新しい価値を提供する食品が求められていると思います。

西沢:なるほど! 牛乳の代替品としてではなく、植物性ミルクならではの魅力を発揮することが鍵ということですね。

武田:植物性ミルクにはアーモンドやオーツの他にも、ヘーゼルナッツやピスタチオもあります。そういったおいしいミルクからどんな加工品が生まれるか、非常に楽しみです。

西沢:植物性ミルクの加工品を日本で作り、海外に発信するという手もありますね。日本には昔から豆腐をはじめとする多様な豆製品がありますし、沖縄にはナッツ、つまりピーナツを使ったジーマミー豆腐といった完成度の高い食品があるわけですから。

武田:食品加工技術は日本が世界一だと思います。おいしさはもちろん、安心安全の面でも。その技術を活かしておいしい加工品を作り、海外で勝負するというのも面白いですね。

ナッツを日本人のベースフードに

西沢:日本人の伝統的な食事、和食はそのスタイルが健康にもいいとして、ユネスコ無形文化遺産にも登録されていますが、残念ながらナッツ類を積極的にとっているとはいえません。

武田:日本ではナッツはお酒のつまみとか嗜好品のように扱われていますが、それだけではもったいない。多くの国では、ナッツは健康のためにとるべき食品とされているのですから。

西沢:195カ国30年間分のビッグデータを解析し、どんな食生活がDALY(=障害調整生命年)という健康寿命指標に大きな影響を与えるかを分析した研究があります(下図)。それによると、「ナッツ類やシード類(胡麻やチアシードなどの種類)の摂取量が少ないこと」は4番目の健康寿命短縮要因なんです。それより上位には塩分のとり過ぎなどがありますが、野菜不足や魚類・オメガ3脂肪酸不足より大きなマイナス要因という結果になっています。それだけ、ナッツやシード不足は健康への悪影響が甚大だということです。

食生活に起因するDALY率 食生活に起因するグローバルレベルのDALY数 説明画像

出典:Lancet. 2019 May 11;393(10184):1958-1972.

武田:世界で認められた健康的な食事法には、ナッツ類の摂取を重視しているものがあります。例えば、旧石器時代の食生活を基本とした「パレオダイエット」。新鮮で未加工の肉、魚、卵、野菜、ナッツ、シード類、果物を積極的にとり、加工食品や化学調味料は避けるという食べ方です。「地中海食」でも、ナッツ類の摂取を重視しています。ナッツの健康機能については、地中海食の研究から得られたエビデンスが潤沢にありますから、健康にいいのは間違いありません。粒で食べるのが大変ならミルクとしてとればいいし、料理に使ってもいいわけです。

西沢:日本人は料理に炒り胡麻をよく使いますよね。あの香ばしさや濃厚な旨味に慣れているから、ナッツも和食にうまく取り入れられるような気がします。すでにみそ汁や鍋料理に使っている人もいるそうです。

武田:かつての日本では果物は贅沢品でしたが、おいしいし体にもいいということで、今では誰もが日常的に食べるようになりました。ナッツも同じように日本人の食卓に定着するといいですね。