~ストレス過多時代を生きぬくストレス対策通信~            生きるか死ぬか、宇宙空間だからこそ冷静になる。ストレスを未然に備え、うまく付き合うプロフェッショナル 宇宙飛行士 野口聡一氏さんが語る、ストレスへの備え方

野口聡一さんお写真

人間関係、仕事、満員電車、環境の変化…。
ストレス社会と言われる現代、ストレスの原因は生活の中に常にあります。しかし、ストレスにはネガティブな面もあれば、集中力を高めるなどのポジティブな面も。

だからこそ、未然に備えることでストレスとうまく付き合い、パフォーマンスを上げていくことができたら――。私たちGlicoはこうした日々のストレスと上手に付き合い、より良いライフスタイルの実現をサポートするために、さまざまな取り組みをおこなっています。

「ストレスに未然に備える」をテーマに、皆様の毎日に役立つ情報をお届けするGlico「ストレス過多時代を生きぬくストレス対策通信」。第1弾は、緊張感のある数々の現場を乗り越えてきた、宇宙飛行士の野口聡一さんにストレスとの向き合い方について伺いました。

いつも以上の力を発揮できる。ストレスにはそんな力もある

── ストレスとは「心が感じるプレッシャー」とか、「外部から刺激を受けたときに生じる緊張状態」などと表現されます。野口さんは26年間、宇宙飛行士として第一線で活躍。3度も宇宙飛行を経験され、非常に緊張感のある現場だったと思うのですが、ストレスを常に感じていらっしゃったんでしょうか。

「宇宙飛行士って、大変ですよね?」とよく聞かれるのですが、日常業務は割とシンプルです。目指す目標は、自分の能力を高めるか、仲間の飛行士の能力を高めるか、またはチームとしての能力を高めるかということ。宇宙飛行に向けてさまざまな訓練や実験を重ねるわけですが、必要な準備だと捉えているので、業務自体はあまりストレスにはならないんですね。

ストレスがあるとすれば、自分が予測しきれない、コントロール不能の状況になったとき。「対応できていない」という感覚があるときだと思います。そういう意味では、宇宙飛行士になったばかりのときには、極めて強いストレスにさらされていたと思います。周囲を見れば優秀な人材ばかり、やる気はあっても能力が追いついていないという状況ですから。3回目の宇宙飛行のときには、精神的にも図太くなって、ストレスはかなり軽減されていたと思います。

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── 誰でも経験を重ねることで、緊張感をうまく自分の力に変えていけるようになるということでしょうか。

年齢を重ねれば、体力や能力が落ちていくこともある。しかしその分、積み重ねてきた経験値や知識があります。ストレスの収支が黒字になっていれば、心に余裕が生まれます。ストレッサー(ストレスの原因となる刺激)があっても、うまく付き合っていけるんですね。

緊張感があるからこそ、普段は出せない集中力や能力が出せるということもあります。ストレスを受けているときには、交感神経が優位になり、身体反応として脈拍が上がり、血圧も上昇し、アドレナリンが出ている状態になります。

宇宙船の打ち上げの瞬間は、まさしくそんな状態です。宇宙飛行士として注目され、精一杯準備してきて迎えた晴れ舞台ですから。僕にとっては、不安でいっぱいというよりも、高揚感で力がみなぎるような瞬間でした。甲子園のマウンドに立つ高校球児の心境も、同じじゃないかと思います。

一方、船外活動はまた違った緊張感を感じました。失敗したら命に関わる。生きるか死ぬか、生き物としてのサバイバル本能が目覚めるというか。緊張や不安を感じることで、人間の体は、いつも以上の力を発揮できるようにできているんですよね。

未然の備えで、ストレスの収支を赤字にしない

── 今回、野口さんに一緒に考えていただきたいのが、「ストレスに未然に備える」ということなんです。ストレスは避けられないものでもありますし、備えることで、うまく付き合っていける、または本来のパフォーマンスが発揮できるようになる。そんなことは可能でしょうか。

可能だと思います。先ほど、ストレスの「収支」という話をしましたが、ストレスを感じていてもすぐに解消されれば、あまり問題にはなりません。程よいストレスや短期的なストレスは、人を成長させたり、仕事や運動時のパフォーマンスを上げたりしてくれる「よい刺激」になります。

一方で、心を蝕んでいくのは、長期間受け続けるストレスです。今は職場のメンタルヘルスが極めて重要な課題になっていますが、その原因の多くは人間関係と言われていますよね。お互いに相手を尊重してストレスを与えないのが最善の対策ですが、そんなことそう簡単にはできないですよね。なので、ストレスの連鎖を断ち切るためにいったんその環境を離れることも有効でしょうね。

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ストレスを感じる場所がはっきりしてるなら、できるだけそこにいる時間を減らした方がいい。あるいは、仕事帰りに気のおけない友人と飲みにいって職場でのうさを晴らすといった方法も、ストレスの収支をトントンにできるので、ある意味賢い解消法ですよね。

もう一つはストレスを受けた後、自分の心と体を回復させるプロセスを何か持つということです。今日は大事なプレゼンがあるから、終わったら美味しいものを食べに行こうとか。緊張を強いられる場面が予定されていても、終わった後の楽しいことを考える。「これあるから頑張れる」みたいなものを用意しておくというのは、未然に備えることにつながるんじゃないでしょうか。

宇宙ではストレスを感じないように心を健康に保つ

── 心に赤信号がずっと点灯しているような状態から離れる、または青信号になるように心の負担から回復させるということが大事なんですね。野口さんだったら、どのようにストレスに備えますか。

ストレスを感じたら、場所を変えるということは意識していますね。例えば、もし満員電車にストレスを感じる方がいたら時差出勤をするとか、会社に近いところに引っ越すというのも有効かと思います。

宇宙飛行士の場合、宇宙船では、運命共同体として太平洋の真ん中で4人乗りのボートに乗っているような状態。場所やメンバーを変えようとしても急には変えられません。だから、ちょっとした不満がストレスに膨らまないようにしているのです。

── 同じ人とずっと一緒にいるのはストレスがたまりませんか?

日々のいざこざや争いごとはありますよ。「今日の作業で、お前がちゃんとやらないから、残業することになったじゃないか」「いやそう言われても、こういう指示だっただろう」といった言い合いですね。宇宙船では、ストレスの入り口と出口が同じ相手なので、取り繕わずに、率直に言い合わないと処理できません。思っていることを口に出し、言い合うことが悪いことだという認識はそこにはありません。

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大事なことは、ストレスを感じている時の自分の状態を観察するということ、また相手がどんなふうに怒りを表現する人なのか、相手についてよく知っておくことです。

運命共同体である以上、トラブルが起きた時こそ冷静になることが重要であり、状況を客観視すると、ストレスレベルを下げることができることを、私たちはわかっています。

解決すべきところはその場で解決する、相手を怒らせない対処ができると、お互いに永続する悪いストレスにはならない。いま自分は機嫌が悪い。脈拍が上がっている。怒りが収まらない、じゃあどうするかということに目を向けること。これは、サバイバル訓練などを通して身についたものでもありますね。

未然に備えるための、ストレスを切り離す環境づくり

── 職場で、はっきりと相手に伝えられたらいいですね。特に相手が上司だったりすると、不満や怒りを感じても、言葉をのみ込んでしまうという人はたくさんいると思います。

そうですよね。一生懸命プレゼン資料を作ったのに、上司にけちょんけちょんにけなされた。そのとき「部長、いま私の地雷踏みましたね。もう今日は地雷踏まれたんで、帰ります」と言えたらスッキリします。

ストレスはいわば「心の炎症」です。心の傷は目には見えませんが、体の傷や病気は見えるので言いやすいんです。上司が殴りかかってきて骨が折れたとしたら「ケガの治療のために病院にいくんで、休みます」と堂々と言えますよね。本来、同じ状況なのに、軽視されがちなのが心の傷です。傷を癒すためにどこかで発散したり、大きな傷を受けないように備えたりするということが必要になるんですよね。ストレスが長期にわたってたまり続けるとうつ状態になったり、心が病気になっていきますから。

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── 野口さんが習慣にされているルーティンのようなものはありますか。

僕の場合は、運動することです。NASAに勤務していたころは、職場と同じ敷地内に非常に立派なジムが併設されていまして。1日の終わりにスポーツウェアに着替えてジムでトレーニングをするのが日課でした。一気に気持ちが切り替わる、ああいう時間は必要ですよね。

宇宙に居る間も体力トレーニングの時間は大事でした。一日に2時間半と決められているトレーニング時間。どんなに忙しくても「時間なので予定通りトレーニングします」といえば、完全に業務とは切り離されるのです。メールも見なくていいし、仕事のことで呼び止められることもない。ストレスから完全に切り離されて、気分転換するきっかけになるんです。

日本の企業は、自社ビル内に立派な会議室をたくさん持っていますが、会議室を減らして社員がいつでも自由に使えるジムにしたらいいと思います。それだけでも、社員のストレスはかなり軽減するんじゃないかと。環境づくりは大切です。

── 最後に、野口さんの今後や、改めてストレスに未然に備えるということについて、読者の皆様にメッセージをいただけますでしょうか。

いま東大で取り組んでいるのは「当事者研究(https://tojishaka.net/) 」という分野なんですが、そのテーマの一つが「燃え尽き症候群」なんですね。帰還後の宇宙飛行士に起きやすい不調でもあるのですが、宇宙飛行士だけではなくアスリートやエリートサラリーマンでも、大きなミッションを成し遂げた後に、喪失感に苦しんだり、「次どうするか」という方向付けに悩んでしまったりすることがあります。精いっぱいやったけど結果が出なかったときや、会社員が定年退職するときにも同じような心の状態に陥ることがあるはずです。

そのときに、新たな動機付けというか、目標探しで苦労する人は多いですよね。自分の価値や目標を再設定する必要が出てくるわけです。僕自身も現役を離れ、自分の目標を再設定しているところです。同じように悩んでいる人は多いので、今後は、宇宙での知見も生かしながら、メンタルヘルスに関する普及啓発をしていきたいですね。

ストレスへの対処ということですが、周りの皆さんを見ていると、政治や世界経済がどうかというようなことよりも、やはり周囲の人の心ない一言や、家庭生活の悩みといった、身近なものが多くの人にとってストレスになっていると思います。

また、セルフケアの基本として、眠らないとそれ自体がストレスになるので、きちんと睡眠をとることも大切ですね。それは「未然に備えること」にもなり、心の傷を回復させることにもつながります。ストレスの収支を赤字にしない、つまりストレスをため込まないように、普段から備えることです。ストレスのもとから離れ、またストレスから心を回復させることが大切です。自分の心が発するSOSを見逃さないようにしてください。

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野口聡一さん
1965年生まれ。東京大学大学院修了、博士(学術)。先端学際工学専攻。2005年、スペースシャトル・ディスカバリー「STS-114」に搭乗し、日本人として初めて国際宇宙ステーションで船外活動を行う。09年、日本人として初めてソユーズ宇宙船TMA-17に船長補佐として搭乗。14年、国際NGO法人「世界宇宙飛行士会議」会長にアジア人で初めて就任。19年、サウジアラビア宇宙委員会の諮問委員に就任。20~21年、米国人以外で初めてSpaceXクルードラゴン宇宙船に搭乗し「世界で初めて3種類の違う帰還(滑走路、地面、海面)を達成した宇宙飛行士」でギネス世界記録に認定された。2022年5月にJAXAを退職。ISS滞在通算日数335日、船外活動4回は日本人最多。22年、「宇宙からのショパン生演奏」動画などでYouTube Creator Award受賞。合同会社「未来圏」代表、東京大学および日本大学理工学部航空宇宙工学科特任教授。趣味は料理、キャンプ、飛行機操縦。

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