「働くパパ・ママ+こどもの睡眠と健康」<前編>

OECDの調査(2018年)によると、日本人の睡眠時間は加盟国中ワースト1位。また、子育て世代の働く女性の睡眠時間は短いといわれています。そこで、日経DUALでは睡眠に関するオンラインセミナーを開催。第1部では米国スタンフォード大学 医学部精神科教授の西野精治さんをお招きして、睡眠の役割や睡眠不足が引き起こすリスクを伺うとともに、睡眠に悩む方の対処法も解説していただきました。また、第2部では子どもの睡眠スペシャリストで熊本大学名誉教授の三池輝久さんに、乳幼児の睡眠と生活リズムの重要性について教えていただきます。
※本記事は2021年9月24日に『日経DUAL』で広告掲載されたものです。

【第1部】日本人の睡眠はOECD加盟国の中でワースト1位?

米国スタンフォード大学 医学部精神科教授 西野精治先生

――日本は睡眠が軽視されている国という話があります。実際のところどうなのでしょう?

西野さん(以下、西野) OECDの調査によると、日本人の睡眠時間は世界で1位、2位を争う短さです。NHKが毎年行っている調査によると、現代人の平均睡眠時間は60年代から比べて1時間近く短くなっています。昔は22時前に寝る成人が6割いたのが、今は2割。大人が夜型になると、子どもにも同じような傾向が見られ、睡眠時間も1時間ほど短くなっています。

――お子さんの睡眠時間も短くなっているのですね。

西野 はい。人間は第二次性徴期以降、女性ホルモンや体温などが睡眠に影響を与えるので、睡眠時間に男女差があってもおかしくなく、実際に欧米では女性の方が20~30分長く眠るそうです。ところが、日本の働く女性の睡眠時間は世界で一番短い。これは、文化的、社会的な側面が大きいと思います。もうひとつ、都会に住む人の平均睡眠時間が短い傾向にあります。東京では平均5.59時間と6時間を切っている。理想の睡眠時間は平均7.21時間となっていて、そのギャップが1.5時間以上あるんです。

――では、睡眠の役割について解説をお願いします。

西野 50年代に、寝ている間も活発に脳が活動している「レム睡眠」が発見されたのをきっかけに睡眠研究が始まりました。まだ新しい学問ですが、睡眠が果たすさまざまな役割が分かってきています。

睡眠のパターンと睡眠の役割

まず、記憶を整理して定着させる。睡眠時に成長ホルモンが分泌されることも分かっています。成長ホルモンというと子どもの体の発育に関わるイメージですが、大人や高齢者にも分泌されていて、細胞の修復が行われたり、副交感神経を優位にして体を休めたりします。十分な睡眠をとらないと免疫力が下がり、ワクチンを打っても抗体が十分にできないことも考えられます。また、脳は使えば使うほど脳内に老廃物が溜まるので、その除去も睡眠中に効果的に行われていることが分かっています。ですから、適切な睡眠をとらないとさまざまな疾患リスクが高まります。

良質な睡眠を促す2つのスイッチとは?

――では、子どもの睡眠不足にはどんなリスクが考えられますか?

西野 睡眠不足のお子さんには、イライラするなどADHD(注意欠陥・多動症)によく似た症状がみられるようです。ADHDと診断されたお子さんが、実は睡眠障害を抱えていたという例が幾つも報告されています。また、朝起きられず不登園の原因になるケースもあります。新生児は1日16時間から18時間寝ますが、その半分がレム睡眠です。レム睡眠が減少して大人の睡眠パターンになるのは、10歳から12歳頃の間と考えられていますが、レム睡眠時には神経細胞に多くのスパイン(棒状突起)が形成されます。スパインは記憶の定着などにも関係があるので、幼少時の睡眠不足が将来に影響を及ぼす可能性もあります。

――リモートワークの増加で世界的に睡眠時間が長くなったという報告もあります。家族でできる対処法はありますか?

西野 人は温度や湿度の変化、光や騒音でも眠れなくなることがありますし、心配事で眠れなくなることも。そこで、大切にしていただきたいのは、「脳のスイッチ」と「体温のスイッチ」の2つ。「脳のスイッチ」は日中の行動とのメリハリのこと。寝る前はスマホやネットを見て脳が興奮状態になるのを避け、できるだけリラックスしましょう。逆に朝は朝食をきちんと取り、日中は活動を上げ、質のよいパフォーマンスを保つようにします。

――では、「体温のスイッチ」とは?

西野 私たちには体の深部体温と皮膚体温があり、深部体温は昼は高く、夜は低くなります。このリズムを保つことがよい入眠につながります。深部の体温が筋肉、脂肪、内臓から生じ、皮膚表面や手足の指先から逃がれることで、体温リズムは調整されます。過ごす室温にも影響されるので夜は、夏も冬もエアコンや寝具で暑すぎない環境を整えましょう。そして、大切なのは夕方以降の入浴の方法。40℃ほどの湯船に15分浸かると深部温度は0.5℃ほど上がり、90~120分で元に戻り、その後は入浴前の体温が低くなります。このタイミングに就寝すると、私たちはぐっすりと眠りやすくなるのです。ぜひ就寝2時間前をめどに入浴することを心掛けてください。

――このように体温や睡眠に関連した生理現象を知っておくといいですね。

西野 そうですね。また、行動学的観点も大切です。ベッドに寝転がってスマホを見ることが習慣化すると、ベッドは体を休める場所ではなくなってしまいます。これらの点を踏まえながら、家族ぐるみで良質な睡眠が取れるよう取り組んでいただければと思います。

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