
商売は2×2=5ににんがご
「2×2=4ではあたりまえ、さらに人一倍の努力と工夫をする」。努力と経験を “判断・直観・工夫”で掛け合わせることによって、「2×2=5にも6にもなる」という利一の教えです。しかし、その難題はどのようにして実践できたのでしょうか。ここに事例をいくつかご紹介いたします。
常識を覆す、栄養菓子
グリコのハート型
「栄養素グリコーゲンをお菓子を通じてより多くの人に届け、人々の健康に貢献したい。国民の体位向上を目指したい」と利一は常に考えていました。しかし、いくら良い商品でも知られなければ世の中に広まりません。そのために利一は標語、マーク、箱の色、キャラメルの形、そしておもちゃ、とあらゆるものに工夫を重ねました。その中でも特に苦労したのはハート型のキャラメルを作ることでした。健康を思いやる真心を表し、角のない形にする事で子どもが食べた際の口あたりを良くしようとハート型を考案したのですが、ソフトなキャラメルはカッターで切って四角にするしかないというのが当時の業界の通念でした。それに、専門家にも「ハート型のキャラメルは不可能だ」と相手にされませんでした。それでも利一は諦めずに、自ら温度や粘度を変えて何度も実験を繰り返しました。そして「ハート型ローラー」を自社で開発し、ついにハートの型取りに成功し、製造にこぎつけました。「2×2=5」の精神で当時の専門家の常識にはないことを成し遂げたのです。

第二の栄養菓子、
酵母入りのビスコ
最初のビスコは酵母入りでした。酵母には胃腸の機能を良くし、消化吸収を盛んにする効果があるということで注目されていましたが、ビスケットに入れると高熱で焼くため酵母菌は死滅してしまいます。そのため、クリームサンドにして酵母をクリーム部分に入れることにしました。従来クリームには、砂糖と水飴を加熱したフォンダンを使うのが常識でしたが、長時間加熱すると酵母の効果が半減してしまいます。そこで加熱を抑える方法を研究し、ヤシ油を添加することにしました。すると業界では「江崎は素人だ、夏には油脂が流れて返品の山だ」と噂されましたが、試作・研究を重ねたクリームは夏場でもまったく問題がなく、それどころかこの油脂クリームは徐々に普及し、やがて業界の標準にまでなったのです。
このように「常識を超え、不可能を可能にする」、まさにこれこそが「2×2=5」です。「実践すること」そして「やり抜くこと」が大切だと利一は常に考えていました。

商売の原点、お客さま第一主義
「奉仕による相互利益こそは、商売の神髄であり、要諦であろう。およそ、もうけようと思ってやる商売にはおのずから限度があるといっていい。あくまで社会の要求にそうような奉仕の精神で打ち込めば、必ずその事業は大成するにちがいない」(江崎利一「商道ひとすじの記」より)利一は常々そう考えていました。
利一の商売の原点となるエピソードがあります。利一は15才より家業の薬種業を手伝い、薬の仕入れ、製薬、行商と仕事に励んでいましたが、なかなか生活は楽になりませんでした。そこで始めたのが、早朝の塩売りでした。佐賀では朝に茶がゆを食べる習慣があり、茶がゆに塩は欠かせないものでした。にもかかわらず、朝になってから塩が切れていることに気づく人が多かったため、利一はそこに目をつけたのです。これはたいした儲けにはなりませんでしたが、村人からはとても重宝がられ、感謝された、という逸話があります。
これはまさに「いったん消費者自身になりきって、そこから相手の立場に立ってものごとを考えよ」という利一の商売に対する考え方の原点といえます。
奉仕の精神で世の中に貢献できること
1922年、栄養菓子グリコは大阪三越の店頭に並び、その日を境として徐々に配荷は広がっていきました。とある日、利一があるデパートの菓子売り場に行くと、数人の女学生がキャラメルを買おうとしていました。その目は栄養菓子グリコを見ていましたが、伸びていた手は隣のキャラメルを取り上げたのです。
「どうしてグリコを買わないのですか?」利一は思わず声をかけた。
ちょっと驚いた女学生は、やがてクスクスと笑いながら答えた。
「だって、なんだかこの絵の顔がこわいんですもの」
子どもたちのかけっこをする姿から「スポーツこそ健康への早道」と考えたゴールインマークは、栄養菓子グリコの考え抜いた末の象徴でしたが、広告の商標はどこまでも見る人に快感を与え、親しみを抱かせるものでなければならない。利一は信頼する画家たちに再試作を頼んで回り、そうして改めてたどり着いたのが、「笑顔」のゴールインマーク(2代目)であり、それは現在(7代目)にも引き継がれているのです。
「おもちゃ」にしても、子どもの生活行動を観察することで「子どもにとって食べることと遊ぶことは二大天職である」と利一が思い至り、子どもの心の健康を育むために入れたものです。1929年に専用の小箱を付けることで、「おもちゃ」の種類も一挙に増え、子どもたちにさらに喜ばれました。これはひとえに、栄養素グリコーゲンで「身体の健康」を、おもちゃで「心の健康」に貢献したいという利一の思いによるものです。
こうして、お客様に喜ばれれば喜ばれるほど、栄養菓子グリコは世の中に浸透していきました。利一の座右の銘は『事業奉仕即幸福』、どこまでも“世のため人のため”なのです。
